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「娘のため」か「自分のため」か

こんにちは。

生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳なつみです。

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娘が生まれてから1年半が経過した。

自分だけでなく、自分以外の人間の衣食住や

日常生活のあれこれを決めなければいけない生活も

同じく1年半が経過したことになる。

 

服装におむつに食べモノに

絵本におもちゃに遊ぶ環境

親子の関わり方に至るまで

 

第一子ということもあり

基本的に全ての「決める」が初めてだ。

あれがいいの、これがいいの

判断基準をあちこちに求めながら

なんとか決める。

 

判断するとき、それが誰のためなのかということをよく考える。

そして私の場合、振り返ってみるとその大半が

「子どものため」より「自分のため」だ。

 

例えばおむつについて。

 

娘は布おむつを使っている。

肌にやさしいとか気持ちいいとかエコだとか、

もちろんそういうことも気に入っている点ではあるが

一番は早くおむつ離れして

その分自分がラクをしたいという気持ちが強い。

 

また、おむつ替えが紙おむつの時より頻繁になるので

その分子どもに触れる機会が増えるということもある。

 

五感の発達が著しいこの時期

スキンシップが大事、親子のふれあいが大事とよくいわれるが

抱っこは重いからずっとは無理だし

用もなくベタベタ触るわけにもいかないし

(そういう意味ではないと思うが)

そもそもたくさん触れ合う遊びや接し方をあまりよく知らない。

 

そこで都合よく布おむつを利用したのだ。

これは長時間放っておけば漏れるし

出ると泣く(頻度が高い気がする)から

すぐに替える必要性を感じ

結果子どもに触れる機会が増える。

 

触れ合う頻度がその後の成長でどれだけ影響を及ぼすのか

詳しいところはよく理解してないが

触らないより触った方がなんか良さそう

という自分の感覚と

後になって「もっと触れ合ってよけばよかった!」

と自分が後悔することを防ぐことが目的だ。

 

例えが長くなったが

そんな感じで一見子どものためと思われるものの裏側で

実は自分のためだと思うことが大半なのだが

中には「自分のため」を差し置いて

「子どものため」を優先しなければいけないこともあると思う。

 

私の中ではその一つが服装だ。

特にズボン。

 

スカートやワンピースなどかわいい格好をさせたいのだが

元来体育会気質であることが邪魔しているのか

どうもそれらは動きづらいのではと思ってしまう。

 

そうして結局ズボンを買うことが多いのだが

このズボンも曲者だ。

 

最近は細身のものが流行りなのだろうか

フィット感が強いものが多いが

頻繁におむつを替える側としては

フィットしすぎずゆるすぎずのズボンが嬉しい。

(はっ、、「自分のため」が既に出ていた…)

 

あとは股上が浅くお腹がすぐ出てしまったり

(娘のお腹が出ているということもある)

その割に裾が長いということもある

 

たくさん動くことを考えると

煩わしさが一つでも少ない方がいい。

 

程よいフィット感があり

抜群に動きやすく

お腹が出なくて

おしゃれなズボン

 

どこかにないかな

 

こういうズボンを作って売ってみたいというのも

最近の一つの欲望である。

 

「娘のため」か「自分のため」か

 

大なり小なり決めることが多い最近

「誰のため」かということを考えさせられることが続いている。