いつだって失敗がこわい
こんにちは。
生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳です。
ブログを始めて見たり、SNSで自分の想いを発信してみたり、これまでやらなかったことを少しずつやってみる日々。
やってみると案外平気だったり、
やらないうちに不安に思っていることって多いんだなと感じる一方、
やっぱりいつだって失敗がこわい。
自分の想いを具体的にどういう形にしようか。
自分の想いってそもそも何だ。
そんなことで悶々する日が続き、自分の興味と近い活動は全て素敵に見えてくる。
じゃあ同じことをやってみようか、とその方法を具体化する道を探りながら、
でもなんか違うかな
とか
いやいや、壁が大きすぎてビクビクしているだけか
とか
プライドが邪魔してるのかな
とか
なかなかシンプルにならない
もみくちゃな感情。
一周まわって、
やっぱり失敗がこわいんだ
と、ここ数日の感情がやっと腑に落ちた。
最近上場した糸井重里さんの株式会社ほぼ日。
社長あいさつに書かれていた
「夢に手足を」
という言葉が胸に刺さる。
行動指針に書かれていた
「やさしく、つよく、おもしろく」
という言葉がさらに刺さる。
失敗にびくびくしながらも、自分の想いに手足をつけたい。
2本ずつじゃなくてニョキニョキ何本も。
細くて華麗な手足も
色黒でムキムキの手足も
左右アンバランスで個性的な手足も
やはすぞ生やすぞー。
子どもを導く立場の友人にお勧めの本〜サッカー 逆境の監督学〜
こんにちは。
生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳なつみです。
知り合いがfacebookであげていた
という本を読んだ。
サッカーの監督でもないし、これまでサッカーをやっていたわけでもないのだが、著者がその知り合いの恩師で、様々な制約がある中で文武共にトップレベルの成績を出している國學院久我山のサッカー部の監督だというから非常に興味が湧いた。
その知り合いというのは、私の知り合いの中で最も「最小のインプットで最大のアウトプット」をしているように見える人だということもあった。
生産性がとにかくすごい。
直接会ったことはほんの数回しかないのだが、なんというか、生産性の塊でアウトプットがすごくて、しかし愛があってなんとも温かい雰囲気の人。
そんな人のルーツをほんの少し覗きながら、自分が今挑戦している長野で生きる力をつける教育をするためのヒントを探すために読んだのだが、いくつか印象に残るヒントがあった。
最も心に留めておきたいと思ったのは、
「制約があるからこそアイデアが生まれる」
ということ。
長野の資源を生かし、ここだからできる成長をして、将来自分の夢を掴みとって日本や世界を支える人を増やす事業をしたいが、いろんな事業を日々考えていると制約がどんどん浮かんでくる。
「長野そもそも人口が少ないしな…」
「移動は基本車だし、子どもが通いたくても親の都合がつかないとな…」
「自分の時間も欲しいが子供とも過ごしたいしな…」
しかし、そういう制約を突破したり活用するアイデアを持って実行できれば、自分の目標も実現するし、それを見てやり始める人も増えるかもしれないし、その力を別のところに応用して今まで動かなかった物事が動き始めるかもしれないし、とにかくいい。
これ自体特に目新しい話でもないし、当たり前と言われればそこまでだが、実践して結果を出している人の話は今の自分にとって大きな刺激だった。
この刺激をしっかりアウトプットしたいな。
そのほかにも、子供との接し方で著者が大事にしていることなども書かれていて、とても参考になった。
読んだ分だけアウトプット。
アウトプット。
アウトプット。
アウトプット。
見ず知らずの男性の股間を目の当たりにしたとき
こんにちは。
0〜6歳向けに生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳なつみです。
今日は旦那が用事のある場所についていき、終わるのを待つ間私は近くにあった温泉に向かった。
久しぶりの温泉だし、娘はおばあちゃん家にいるためゆっくり入れるしでウキウキしながら入り口をくぐり受付へ。
受付付近はかなり閑散としていた。
人が少ないから静かにゆっくり入れそうでいいな、露天風呂貸切で使えるかな、なんて相変わらず前向きだったのだが、受付の女性から、内風呂、露天風呂、展望風呂の3つのうち、露天風呂と展望風呂はこの時間混浴だと伝えられた。
混浴...
たじろいだ。
一体どんな様子なのか、まずは露天風呂をのぞきに行った。
どこで服を脱ぐのかわからず案内のまま進むと突然露天風呂の入り口が現われた。
恐る恐る開けてみると、おじさんが一人いる。
うーむ、やっぱりなんとなく気が休まらなそうだ。
展望風呂はどうかとのぞきにいくと、入り口を入ったところに脱衣所があった。
なんと、脱衣所から男女共用だった。
戸惑って立ち尽くす私の後ろから一人の男性が入ってきた。
「あれ、お姉さんここ初めて?それはびっくりするよね〜。もし着替えるの恥ずかしかったらトイレで着替えてくるといいよ。」
そういい終わらないうちに、男性は何事もないかのようにベルトを外し、ズボンと一緒にトランクスを脱いだ。
目の前に下半身裸の男性が立っていた。
「そうですねー。ちょっと内風呂も様子見てこようかなぁ。」
そういって脱衣所を出た。
ものすごい不快感に襲われた。
見ず知らずの男性の股間を目の当たりにすることがこんなにも不快だということを初めて知った。
しかし、こんなに不快に思うことが少し不思議だったりもする。
なぜこんなに不快になるのだろうか。
一つ思い当たるのは、多分彼の股間が普通の状態ではなく元気のいい状態だったからなのかもしれない。
本能的に身の危険を感じて、それが不快感につながったような気もしなくもない。
そういえば、昔テレビでどこかの股間を隠さない民族の映像を見たことがあるが、そのときは特になんとも思わなかった。
男性の股間が普通の状態だったら、なんかもう少しは受け入れられたかもしれない。
露天風呂に入れなかった上にそんなことがあってちょっと残念だったが、不快感と引き換えにブログに書く題材を提供してもらったということで納得することにした。
そんな日曜日。
東京センチメンタル
こんにちは。
0〜6歳向けに生きる力をつける幼児教室kids baseを開室準備している小柳なつみです。
今日は用事があって東京へ。
学生時代に毎日通った高田馬場で用事だったが、馬場に行ったのは大学卒業以来だったので実に5年ぶり。
街を歩いていると当時の思い出が次から次へと湧きあがり、目的地に到着する頃にはものすごくセンチメンタルに。
変わらずそこにある場所って貴重だなぁと思った。そういう場所があることは一つの豊かさだなぁとも。
もう一つ、東京でセンチメンタルになる場所は丸の内。
新卒で入社した会社は大手町にあり、東京駅から会社までいくのに毎日通っていた丸の内界隈。
そういえば、毎日毎日空を見上げて、
「長野は晴れかなー。広い空がみたいなー。」
と、丸の内の立派なビルの間を歩きながら思っていた。
(前方不注意で人にぶつかることももちろんある。)
今新幹線でこの文章を書いていたらまたセンチメンタルになり、気づいたら目を細め口はタコのように突き出した形に。
すると停車駅で乗ってきた若者2人が前方から、私の座ってる席が空いていると思ったらしく意気込んで向かってきて、私の存在に気づくやいなやびっくりしたあと、笑いながら去って行った。
自意識過剰か。
いや、わらった。
彼らは確実にわらった。
私の顔を見て。
恥ずかしい。
自分の「好き」を表明すること
こんにちは。
0~6歳向けに生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳なつみです。
今朝こんな記事を読んだ。
幼児教室を準備する中で、ほんの少しずつでも思うことや考えることを発信してみて感じるのは、自分の「好き」や「想い」を表明することが、一方でそこに当てはまらないものやことを否定しているように見えるということ。
そんなつもりがなくても、そう捉えられてしまうリスクがあるということ。
そのリスクをこれまで極力避けてきた気がする。
リスクを取らない方が心地良かったとも言える。
やりたいことの実現を考えたら些細なことだけど、そういう些細なことを乗り越えるのにいちいち気合いを入れる毎日。
一日のやることも過ごし方も自分で決められる毎日は自由だけど、同時に全部自分で決めなければいけないことに面倒臭さを感じる時もある。
どの銀行の口座を開設するかとかどこのブログサービスを利用するかとか、なんでもいいから誰か決めてよ、と思うこともたくさんある。
自分の「好き」を可視化することと、やることすべて自分で決められる「自由」な毎日について、楽しさと煩わしさを同じくらい感じている毎日。
私のこと〜地方で育つ人への興味〜
こんにちは。0〜6歳向けに生きる力をつける幼児教室kids baseの開室準備をしている小柳なつみです。
なぜ生きる力をつける幼児教室を始めようとしているのかを過去の経験を紹介しながら綴っているシリーズ。
前回の話はこちら↓
今回は、就職して気づいた地方で育つ人への興味の話。
大学時代、部活のラクロスばかりに精を出してた私はバイトや企業研究もろくにやらないうちにあっという間に就活の時期を迎えた。
興味のわく「生きる力」を身につける教育というものが相変わらず何かわからなかったし、ゆえに企業も選べない。働くということがどういうことなのかもよくわからない。
そんな状態だから就活にも全く身が入らず、何十社もエントリーを出すような器用さも管理能力もなく、結局会った人が面白かったり企業理念が素敵だと思う会社を数社絞って受けた。
最終的に、運よく受かった総合商社に入社することにした。会社を選んだ一番の理由は、就職人気ランキングでいつも上位になる会社は何がそんなにいいのかということと、そこで働いている人たちって一体どういう人種なのだろうか、どんな環境で育ってきたのかということに興味が湧いたからだ。
入社してみると今まで会ったことないレベルの優秀な人ばかりで、天は二物を与えずということわざは嘘だと思った。
鉄鋼製品を取り扱う本部に配属され仕事はそれなりに頑張ったが、いつも頭の片隅に教育のことが残っていた。
会社には教育事業をやっている本部もあったので、そこの人に話しを聞いてみたりもしたが、当時は海外への投資やインターナショナルスクールに関わる事業をやっていて、何か自分のやりたいことと違う気がした。
その違和感を掘り下げるうち、自分は過去の自分のような人に関わりたいのだと気がついた。日本の地方の何もないところで生まれ、社会や働く大人を知ることや教育の機会が限定されているような人。
大学や就職先で感じた、都市で育った人たちとの幼少期から始まっている選択肢の差。
ここに何かアプローチしたい。
機会が限定されているところで育つことが何かプラスになるような、それが将来の「生きる力」につながるようなことがしたい。
そんな時たまたま長野に住む人と結婚することになり、自分でも想像していなかったタイミングで長野に戻ることになったのである。
つづく